eyes
「お前の次の任務は……彼女の護衛だ。見えるか? あの部屋の中にいる彼女だ」
「彼女を守ることに何かあるのですか?」
「彼女は我らにとってかけがえのない人材だ。君の腕を見込んで頼んでいるのだよ。引き受けてもらえるかい?」
「えぇ、もちろんです。お任せください」
「ありがとう。それじゃあ、よろしく頼んだよ」


――あの時、何であんなことを言ったのだろう……。
――あの時、お前に頼んでいなければもっと別な方向に道が進んでいたはずなのに……。
――でも、彼女は俺を信じてくれたんだ。
――そのようなもの戯言だ。彼女がお前を本気で愛するはずがない。
――……あなたは誰だ。
――…………お前を消す者だ。

     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 朝。
 カーテンの間から眩しい太陽の光が氷柱のように差し込んでいる。
 小鳥達のにぎやかに囀る声が聞こえる。
 そんな朝を、サウスは嫌な気分で迎えていた。
「またあの夢……。……これで一体何回目だ……」
 サウスはため息混じりに呟いた。
 このサウスという青年は「アイズ」というスパイ組織に所属している。
 23歳とはいえ、頭の回転も速く、運動能力にも優れているため、一番上の位につくのも時間の問題と言われているほどだ。
 だが、位が上がるのはめんどうだと、彼は下っ端であることに甘んじているのだ。
「……今頃何言ったって遅いだろう。……さて、そろそろ朝の謁見の時間だな」
 サウスは苦笑とも自嘲ともつかない笑いを薄くうかべて、そう呟くと、急いでアイズの制服に着替え、彼女――レンナの待っている部屋へと向かった。
 レンナは、アイズにより作られた人間に近い体と、人間を超える能力を持つ、アイズでは最高傑作と言われる人造人間『コンプリートリプロダクション』、普通はCPと呼ばれるものである。
 そして、アイズの「ある計画」を実行するために必要な、一番重要な人材なのだ。
 サウスは、そのレンナを護衛することを任されているのだ。

     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

「レンナ、謁見の時間だ。起きてるか?」
 サウスは部屋のドアをノックして声をかける。
 サウスの声の後、慌てて走ってくる音が聞こえ、ドアが開いた。
 開いたドアの向こうには、短く切り揃えた美しい銀の絹糸のような髪の、緑の瞳が印象的な少女がいた。
「ジェス支部長に会いに行く時間だ」
「はい」
 サウスの言葉はぶっきらぼうだが、優しさがこもっているため、レンナはサウスといるといつも笑顔だ。
 そのきれいな笑顔が、サウスの心を乱しているなどと当の本人は全く知らない。


 サウス達がジェスのいる部屋に着くと、向こうからドアを開けてくれた。
 すっかり習慣になってしまっているために、すでに待ち構えている訳である。
 予想どおり、ドアを開けた人物は、色素の薄い茶色の長髪を後ろで束ねた体格のいい男性――ジェス本人だった。
「支部長、レンナを連れてきました」
「そんな堅苦しい呼び方しないでさ、ジェスって呼んでよ。いつも言ってるでしょ」
 サウスとジェスは同期である。
 このような若さでも、実力があれば支部長クラスにはすぐになることができる。
 そして、このジェスは、人への対応の仕方が公平、ということで評判が良かった。
「一応正式な場所なのだから、プライベートと分けなければならないだろう」
「お前はそんな真面目だから、いつも疲れてるような顔してるんだよ。もっと気楽にいかないと」
 ジェスはサウスの顔に、人差し指を向け、茶目っ気を含ませた笑みを浮かべてサウスを見た。
「お前のようにできればどれだけ楽だろうな」
 サウスは、かすかに笑みを浮かべて、小さく息をはいた。
「ま、お前の性分だからな。無理には言わないけど。ところで、レンナ、気分はどう? 具合とか悪くない?」
 いきなり話題をふられ、少し戸惑いながらも、レンナは返事をした。
「はい。特に問題はありません」
「そう。それならもう良いよ。毎朝ご苦労さん」
「仕事だからな」
「それを言っちゃあおしまいだよ」
 サウスは微笑みながら、レンナの手をひいて部屋を出て行った。


 それから、サウスとレンナは、施設の中庭にいた。
 ここの真ん中に生えている木の木陰に入るのがレンナのお気に入りだった。
 だから、レンナといる時はほとんどここにいる。
「サウス、あなたはアイズが隠していることを知っている?」
 急にレンナが言いだしたことに、サウスは首をかしげる。
「どういうことだ?」
 レンナは目線は下のまま、サウスの手を握りしめる。
「……アイズのメンバーは、上層部以外全員CPなの。アイズは、CPの試験機関でもあるの」
「……………」
 サウスは、突然の衝撃にすぐには言葉が出てこなかった。
 レンナは、目線は下のまま、眉間にしわを寄せた苦しげな顔でサウスの手をさらに強く握る。
「あなたも、ジェスも、みんな……」
「……なら、なぜ君だけが 人造人間だと言われているんだ?」
「それは……私が完成体だから。他のみんなは……製作者の考えたものとは違うから……」
「失敗作ということか」
 サウスの言葉にレンナはゆっくりとうなずく。
 サウスの顔は強ばる。自然と、真剣な面持ちになる。
「失敗作の俺達をこのまま放っておいていいのか?」
 レンナの空気が凍る。
 サウスはそれだけで答えを察した。少なくとも、良い答えではないだろう。
 レンナは何
か言おうとしたが、サウスはレンナとつないでいた手を強く握って、それを制した。
「わかった。言わなくていい。」
 レンナは悔しそうに目を閉じ、口を強く引き結んだ。
「………急に、こんなこと言ってごめんなさい」
 サウスは手の力を弱める。
 だが、表情は相変わらず重い。
「どうやってそれを知ったんだ?」
 謎は尽きない。レンナには、サウスの知らない何かがたくさんある。
「……それは…………言えない」
 レンナはまるで血を吐くように苦しげに言う。相変わらずサウスと目線は合わせない。
 サウスは、レンナと向かい合わせになり、空いている方の手をレンナの顔に沿って当てる。
「君にも多くの秘密があることについて、今更俺は何も言わない。ただ、君が一人で苦しんでほしくないだけだ。俺にできることがあったら、言ってくれ」
 サウスはレンナの顔を、瞳を覗き込んでそう言う。
 レンナはサウスから目をそらすことができなかった。
 サウスはふと表情を和らげた。
「俺は嬉しい。最初君に会った時は、少しも口を開こうとしなかったし、表情も全く変わらなかった。今はこうして俺に大事なことを話してくれる」
 サウスの優しい声に、レンナは胸が苦しくなり、何も言えなくなった。
 言葉の代わりに、レンナは顔にあるサウスの手をそっと握った。
 嵐の予感を胸に秘めながら。
 せめて、今だけは優しい時間の中に。


 サウスは監視室にいた。
 もしも何かあったらすぐに彼はその場所へ駆けつけなければならない。彼にはそれほどの仕事の責任を任されるぐらいの信頼がある。
 だがサウスは、正式にはどこの位にも属していない。
 彼の何かが彼を上へと立たせている。彼についていく者がいる。
 それを「カリスマ性」と呼ぶのだろうか。
 それが、彼をレンナへと引きあわせたのかもしれない。
「アマリス、どうだ。何か異常はないか」
 サウスはたくさんの監視モニターを見つめている、こちらも古株で友人の、情報管理長アマリスにそう尋ねた。
「大丈夫よ。今夜も何事もなく済みそうね」
 アイズと敵対するところは多い。
 だから夜もぐっすりとは寝ていられないのだ。
 しかし、そう言ったのも束の間、夜の静寂を切り裂くようなサイレンの音が激しく鳴った。
「!」
 監視室にいた全員に緊張の色がはしる。
「アマリス!」
「侵入者よ! 倉庫と発電室と……レンナの部屋にもいるわ!」
「なんだって!」
 サウスの顔に驚き、焦り、怒り、色々な感情が複雑に混ざったよな表情がうかんだ。
 そして、サウスはレンナの部屋の方へと走り始めた。他の者も、それぞれの場所へ向かった。
 アマリスは、監視室に残り、現場の状況を探っていた。
「……! ちょっと待ってよ。この人……」
 アマリスはレンナの部屋の「ある人物」を見て、顔色を変えた。

     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇

 サウスがレンナの部屋のドアを勢いよく開ける。
 その部屋は真っ暗だったが、確かに誰かがいた。
 レンナはさすがに起きていたが、そのレンナの前に誰かがいた。
 サウスは部屋の電気をつけた。
 レンナの前にいたのは……
「!」
「やぁ、サウス君」
 そこにいたのは、ルマだった。
 アイズの一番上に立つ男である。
 なにより、レンナを守るようにサウスに言ったのは、この男だった。
「思ったよりも君は足が速かったんだね。少し予定と違ってしまったよ」
 ルマは綺麗な顔に美しい微笑をうかべていた。
 サウスははっきり言って混乱していた。
 無理もなかった。
 なぜルマが侵入者なのか、全く訳がわからない。
「君はとても優秀だったが、レンナにあまりにも関わりすぎた。レンナにいらない情報を与えてしまったようだ」
「なぜ……あなたが……」
 なんとかサウスは頭から落ち着かせようと、言葉を振り絞った。
「悪いが、初めから君らにレンナを任せるつもりはなかったよ。とりあえず、レンナがそれなりに育つまで、というつもりだった。我々の計画には、常人以上の能力が必要だが、それとともに普通の人間に溶け込む人間性も欲しかったんだ。そのためだよ。だが、予定外の方向に進んでしまった。……レンナが、君を愛してしまったことだ」
「…………」
 少しだけ訪れる沈黙。誰も何も言わない、言えない静寂。
「だが、一応計画は実行できたよ。この騒ぎでここを潰し、君を――君達を消す」
 また訪れる静寂。どこかから叫び声が聞こえた気がした。銃声の音も。
「君に恨みがあったわけじゃなかったんだ。でも、こうなってしまっては君を恨むしかないね。計画が少し狂ってしまったからね。その罰を与えるとしよう」
 そう言うと、ルマは懐から銃を取り出した。
 そして、サウスに銃を向けると、大きい独特の音とともに、弾が飛び出した。
「!」
 サウスは反射的にそれをかわす。
 このようなところで、訓練の成果が現れたとは皮肉なことだ、とサウスは思わず口の端をひきつらせた。
 ルマは不快そうに眉をひそめた。
「まったく、プロトタイプのくせにちょっと頑張りすぎだよ。いい加減、やられてくれないかな」
 気になる一言にサウスは食いついた。
「プロトタイプ、ということは、やはり俺達はやはり皆CPだったのですか」
 ルマはサウスに向けて銃を撃った。
 だが、日頃の訓練の賜物か、サウスは銃弾をしっかりととらえ、避けた。
 銃弾は、防弾加工されているドアに埋まった。
 ルマは顔を歪める。忌々しいと言わんばかりだ。
 だが、すぐにその顔を不敵な笑みに切り替える。
「私に抵抗しようというのかい? 君に何ができるというんだ。この組織の中でだけ生きてきた君に」
 サウスは表情を変えずに、ただ淡々と話す。
「私はアイズのために生きてきました。だが、私の大事な人達を殺したのが貴方なら、例えアイズの最高責任者だとしても、私はあなたに従うことはできません。貴方の成そうとしていることがこの世界にとってどういう影響を与えるかは私にはわかりません。ただ、私はその時正しいと思われることをするだけです。今は、ただレンナを守るだけです」
 サウスの言葉に、ルマはまた渋い顔を作る。
「失敗作のお前が軽々しくレンナの名を呼ぶな。レンナ、言ってあげなさい。お前はいらないんだと」
 ルマは、レンナには柔らな口調で告げた。
 だがレンナは、鋭くルマを睨みつけ、低く言い放った。
「私はもうあなたに従うつもりはない。私は、サウスと共に生きる」
 ルマの表情は一気に冷えきっていった。
「レンナ、それは私を裏切るということか?」
 口調も、甘さを残しつつ奥底に光る冷気があった。
 だが、レンナは臆することなく言葉を継いだ。その表情も冷たく冴えた。
「私はサウスと生きる。それがあなたから離れるということなら……そういうこと」
 ルマは口端を持ち上げ、のどをクツクツと鳴らす。
 そしてだんだん、口を大きく開け、声を出して笑い始めた。
 レンナはサウスの側に行く。
 サウスは、レンナの手を取り、部屋にただ一つのドアを開けた。
 その時にルマは笑いをやめ、今までに聞いたことのない重々しく、だがどこか狂気じみた高い声でサウスとレンナに向かって言葉を発した。
「今は見逃してやる。だが、私にたてついたことが、如何に重い罪であるかを後々に嫌というほど味わわせてやろう。私はお前達を逃がしはしない」
 その不敵な笑みも、目に宿る光も、今や恨みに燃えていた。
 だが、サウスとレンナはそれから視線をそらさず、言葉も受け止めてから、部屋を出た。
 お互いに視線を合わせ、手をとりあって。


――もう戻れない。
――だが、後悔はない。
――あなたと生きる明日があるから。
――君と生きる明日のために。

――――――これから何があろうとも。

――あなたと生きていく。
――君のために生き抜いてみせる。

−The End−



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5000HITのキリリクで天然小部屋のRANが書いてくれました!
ヤターー!!
今思えば、RANにかなり無理なリクエストしてしまって申し訳なかったな…。
お題が「四面楚歌」かつ激甘だもんな……
あり得ない組み合わせを狙ったんだけど、本気であり得ないね。
それなのにこんなに書いてくれたRANには激感謝☆あ、ありがとう!
これからもどうかヨロシクです!